ゾンビ屋れい也 シキ編3


昨晩の敵襲は雑魚のみで、平和な朝を迎える。
食事をする部屋もまた広々としていて、あまり落着けない空間ではあったけれど
内容は一流シェフが作ったような豪華さで、れい也は一気にご機嫌になった。
相変わらず喪服を着たままの女性は、食事もとらずれい也を見ているだけだった。

「あなたは、食べないんですか」
「ええ・・・心配事が多く、あまり喉を通らないのです。
宝石の破壊に向けた準備は順調なのですけれど、何が降りかかってくるかわからないと思うと・・・」
よほど心配性なのだろうか、女性はこの先のことを考えて物憂げな表情をしている。

「そこまでして狙われるなんて、ただの高価な宝石じゃあなさそうですね」
「・・・あの宝石は穢れた欲望や血を吸いすぎました。今や邪悪な力に満ち満ちています。
その力を外へ出さないためにも、大掛かりな研究施設が必要なのです」
金以外の魅力があるのなら、狙う悪人がいくらいても不思議ではない。
女性は悪しき連鎖を断ち切る正義のようにも見えたけれど、人はそう易々と信用するものではない。

「宝石を破壊した後、秘密を知った者は生かしておけないなんて・・・言いませんよね?」
「そんなこと、とんでもありません。宝石が破壊されれば、秘密も何もなくなるのですから」
焦って弁解する様子もなく、女性は淡々と言う。
それもそうかと、とりあえずは納得した。
けれど、女性はそう言っていても研究員の中に裏切り者がいないとも限らない。
信頼関係なんて簡単に壊れる、それが人間だから。


夜も更けたところで、昨夜と同じく嫌な気配が外から漂ってくる。
れい也と百合川、女性は外へ出て、中へ入れまいと迎え撃つ。
数だけの脆い奴等なら楽な仕事だったが、今夜やって来たのは一人だけだった。
「何だ、不完全体はこんな優男と女にやられたのかい」
相手は、街のアパレルショップにいそうなしゃれた女性。
だが、その目は常人のものではなく、獲物を捕らえようとぎらぎらと光っていた。

「百合川、気を付けろ」
恐らく、昨日の雑魚30人分以上の力はある。
百合川は怯むどころか、楽しみを見つけたように舌なめずりをした。
一気に駆け出し、素早く相手の肩を切りつける。
反撃されるかと思いきや、相手は肩口から腹部にかけてあっけなく切り裂かれた。

血飛沫が飛び、一撃でその場に崩れ落ちる。
あまりにもあっという間すぎて、百合川はつまらなさそうにきびすを返す。
そのとき、肉片がぴくりと動いた。

「百合川、後ろだ!」
はっと百合川か振り返った時、女性の腕が勢いよく伸びる。
鋭利な刃物のように尖った体が、瞬時に百合川の右腕を切り落としていた。
痛がる様子は見せず、とっさに距離を取る。

「所見の相手は面白いようにひっかかるねぇ。アタシは人造人間8号、驚異的な再生能力を持つ完全体さぁ!」
さっき切った肩が、みるみるうちに結合していく。
斬撃が主な攻撃手段の百合川にとっては、相性が悪い相手だ。
片腕になっても、百合川は勇猛果敢に切り付ける。

「いくら切っても、ムダなんだよ!」
人造人間の腕が変形し、百合川の左腕も落とそうとする。
ナイフで切り付け軌道を変えて払い落とすが、すぐ元に戻ってしまう。
ゾンビと言えども、四肢を裂かれ動けなくなってしまってはダルマと同じ。
つまり、次に四肢をもぎ取られるのはゾンビ使いのほうになる。
「まさか、あんな化物が・・・」
女性は、屋敷の中へ駆け出す。
異様な化物に物怖じたのだろうか、逃げ出したのは賢明な判断かもしれない。


切っては再生し、致命傷を与えられないまま時間が過ぎる。
どちらも消耗しないけれど、再生しない分百合川の方が不利だ。
らちが明かないと思った相手は、視線をれい也の方へ向ける。
そして自分の指を切り落とし、その肉片をれい也へ向けて放った。
突然向けられた攻撃に、反応が遅れる。
百合川はとっさにナイフを投げ、肉片を弾き飛ばした。

「もらったァ!」
一瞬の隙を突かれ、百合川の左腕が飛ぶ。
とうとう、ナイフを持つことすらできなくなってしまった。
れい也に、危機感が募る。

バラバラにされない内に百合川を戻し、一旦逃げてしまおうかと考える。
だが、百合川は口にナイフを咥え、まだ敵意を剥き出しにしていた。
その行動は、動けなくなるまで戦う命に従っているだけに過ぎない。
わかっていても、身を挺して主人を守る百合川を見ていると、やはりダルマになる前に戻したかった。
「・・・百合川、もういい、戻・・・」
そのとき、屋敷から女性が戻って来た。

「これを、お使いください・・・!」
女性は、両手で拳銃のような機器を放り投げる。
それが何なのか瞬時に判断した百合川は高く跳躍し、足だけで受け止める。
「ゲッ、そ、それは・・・」
そして、くるりと一回宙返りし、相手へ向けて引き金を引いた。
とたんに炎がほとばしり、相手の体にまとわりつく。

「ギェェェェ!リ、リルケ、様・・・!」
断末魔の間に知っている者の名が聞こえ、れい也は目を見開いた。
炎を消す術はなく、体はみるみるうちに炭屑に変わり果てる。
黒焦げになった相手は、百合川の回し蹴りで散り散りになって崩れ落ちた。
危機は去ったが、れい也はまだ驚愕している。
死に際に聞こえたのは、自分の双子の兄の名前だったから。




部屋に戻ったれい也は、すぐに百合川を呼び出す。
両腕がなくなるほど苦戦したのは始めてで、とても痛ましい。
生え変わるのに、どれくらいの時間がかかるだろうか。
もし、断末魔の中に聞いた名前が聞き間違いでなければ
すぐにでも、最悪の相手が来るかもしれない。
れい也は、百合川の肩に触れる。

「・・・修復が間に合わなかったら、禁術を使うことになるかもしれない」
もしも、今、リルケが来たら間違いなく皆殺しにされる。
ここまで働いて報酬がなくなることはもちろん
兄に殺され、ゾンビとして召喚され、玩具のように扱われるのは絶対にお断りだ。
不安そうな表情をしていると、ふいに百合川がれい也に近付く。
そして、首元にそっと頭を乗せて目を閉じた。

突然、積極的なことをされて後ずさりそうになったが
戦いの労を労う気持ちで、れい也も目を閉じた。
ゾンビからは、体温も鼓動も感じられない。
ちょうど百合川が頭を乗せている辺りから、自分の脈拍が跳ね返ってきて伝わるだけ。
そろそろ足が疲れてきて、百合川をどかそうと目を開く。

「百合川、そろそろ・・・」
言いかけたとき、驚きで言葉が止まる。
触れている方の百合川の肩から、わずかだが腕が生えてきていた。
「まさか、もう・・・。・・・とりあえず足が疲れたから座ろう」
れい也は、百合川と並んでベッドに腰掛ける。
この修復の早さは、触れる面積が広かったからだろうか。

「百合川、お前は修復速度を早める方法を知っているのか?」
尋ねると、百合川はれい也に体当りしてベッドに押し倒す。
そして、れい也の口元へ近付き、唇を舐めた。

一瞬、息が止まる。
無口な百合川は、問いかけに行動で答えただけに過ぎない。
それでも、今の行動はかなり衝撃的だった。
「これが、お前の修復を早める方法・・・なのか?」
百合川は、黙ったままれい也を見続ける。
その通りだと訴えられているような気がして、れい也は軽く溜息をついた。


「・・・わかった。今は手段を選んでいられない。・・・何が、したいんだ」
百合川は、れい也の唇を端から端まで弄る。
ぞくりと寒気がしたけれど、強く目を閉じて堪える。
表面を舐めるだけではなく、それは中へ入ろうと隙間を割った。
まさか、ファーストキスをゾンビに奪われることになるなんて。
複雑な面持ちで、れい也は薄く口を開く。
百合川はそこへ覆い被さり、口内を味わった。

相手がゾンビでも、舌は柔くて湿っていて
指で撫でていただけのときとはまるで違う感覚に、れい也は身震いする。
百合川は舌の表面をなぞり、まるでじっくりと味見をしているようだ。
ほどほどのところで、百合川は一旦舌を抜く。
聞こえてきたのは、ごくりと液体を飲み込む音。
自分の唾液を飲んだのかと、れい也の頬がかっと熱くなった。
まだ満足していなようで、百合川は再びれい也の口を塞ぐ。

「っ、んん・・・」
また舌が絡まり、心音が落ち着かなくなる。
百合川は胸部をれい也と合わせ、その鼓動も楽しんでいるようだった。
柔い感触が、口内をなぞる。
離れるとまた飲み込み、間髪入れず覆い被さる。
1回1回の行為は短いものの、何度も繰り返されて、息は徐々に詰まってきて
離れた瞬間に、思わず百合川の肩を押して止めていた。


「ちょ、ちょっと、待って・・・水分が不足してきた」
目を開くと、なんと百合川の右腕は完全に生えて元通りになっていた。
まさか唾液ぐらいでここまで効果があるとは、我慢したのは無駄ではなかった。
もう片方も生やしたいところだが、喉がだいぶ乾いている。
すると、何を思ったのか、百合川は自分の舌を思い切り噛んだ。
結構深く切ったのか、口端から血が流れ落ちる。

「百合川、何して・・・」
開いたれい也の口を、百合川は血まみれのまま覆う。
そして、どろりとした液体は舌を伝い、口移しで口内へ流れ込んでいた。
とたんに臭いが鼻につき、れい也は眉をひそめた。
百合川の血が、喉の奥へ流れてゆく。
吐き出そうにも、口は百合川の舌で塞がれていて
むせかえりそうになりつつも、飲み込むしかなかった。

喉が、胸が熱くなる。
ゾンビの血で、爛れてしまっているのではないだろうか。
百合川が口内で動くと、その味は全体に広がっていく。
じりじりと追い詰められるような行為に、鼓動はさらに増す。
そうして、百合川は先と同じように、れい也の唾液を飲んでは口付け、求め続けていった。


血の匂いには、もう飽きた。
交わる感触にも、いい加減慣れてくる。
それくらい繰り返した後、百合川の腕は完全に生えていた。
修復したと、れい也は虚ろな目で確認する。
口付けが行われる度に体力は奪われ、百合川の糧になった。
急ぎだったとは言え、腕を回復させるだけでこの疲労感。
禁術を使えば、どうなってしまうだろうか。

百合川は、ぐったりしているれい也の手首の辺りを掴み付き添う。
脈拍を測るのが、好きなのだろうか。
ゾンビの手に血は通っていなくても、れい也は安心感を覚えつつ目を閉じた。